2007年09月24日

オラトリオ「森の歌」

 田舎で、ショスタコービッチのオラトリオ「森の歌」を何年かぶりに聞いた。この曲をここで聞くまでには経緯がある。私は、マッキントッシュ(Macintosh)というコンピュータをほぼその初代から使ってきた。「ほぼ」というのはさすがにMac128Kと呼ばれた初代は使っていないからだ。この初代のマッキントッシュは日本では正式には発売されなかったのではないだろうか。何しろ日本語が使えなかったのだから。初代のMac128Kの「128K」は主記憶が128Kバイトであることを意味している。発売された1984年当時、この容量は決して少なくはなかった。それでも日本語を扱うには、このメモリ容量は少なすぎたのだ。メモリ容量を1Mバイトに増やした(最大4Mバイトまで増設可能)Macintosh Plusが発売されて、ようやく日本語が扱えようになり、私はこのパーソナルコンピュータを購入した。以来、自宅のパーソナルコンピュータがMac以外であったことはない。
 そして1996年、このMacintoshというコンピュータを作ってきたアップルコンピュータは自らの会社創立20周年を記念して「20周年記念モデル」というコンピュータを発売した。通称「Spartacus」。その美しいデザインと先進の使い勝手は、当時のマックマニア垂涎のマシンだった。発売から何年かして(値段が1/4になったので)、私はこのマシンを手に入れた。すでにマシンのスペックは少し時代遅れになりかかっていたが、そのデザイン、使いやすさ、驚きの機能、そして特筆すべきその音質は、十分に満足できるものだった。
 私は長くこのマシンを使ってきたが、3年前、突然ネットワークに接続する機能が壊れた。書き出したらそれこそ切りがないほどの修理と再生の試みをした後で、もはや直らない、代替のパーツの供給も不可能、という結論を出したときの口惜しさは忘れられない。しかし、ネットワークに、インターネットにつなげないマシンでは、日常の仕事を支えきれないことは、どう考えても明らかだった。
 こうして私はこの美しいマシンを自分の机上から下ろしたのだが、捨てることもできず、この数年間、私の狭い部屋の一隅を占めていた。ところが、最近になって、田舎にこのマシンを持っていくことを思いついた。そこには光ブロードバンドもなければケーブルテレビもない。要するにインターネットにはつなげない場所なのだ。ならばネットワーク機能が失われていることは関係がない。かくて、20周年記念モデル「Spartacus」は、再び、あの重厚な起動の音を立てて動き始めることになった。
 音楽CDを再生する。音響設計をあのBose社が担当しただけあって、音質は折り紙付きだ。なにしろこのマシンには、最初からウーハー(重低音再生専用スピーカー)が付属している(写真右端)。正確に言えば、ウーハーに繋がないとコンピュータとしてさえ動かないように設計されているのだ。そして音楽を楽しむために、コンピュータには騒音源になる冷却用のファンは設けられていない。ショスタコービッチのオラトリオ「森の歌」のCDをセットする。太々とバリトンの独唱が聞こえてくる。その音が、窓外に拡がっていく。
 中学生になったとき、父がお祝いに買ってくれたステレオでたくさんのLPを聴いた。一番関心を持ったのが、このショスタコービッチというロシアの作曲家の音楽だった。解説を読むと、社会主義国家建設の槌音とかなにやら勇ましげな言葉が並んでいたが、私にはどうしてもそういう音楽には聞こえなかった。中学生の私にどの程度理解できたのか、今となってはよく分からないが、何か必死にこらえている悲しみのようなものをこの作曲家の楽音に感じた。ショスタコービッチがなにを考えていたのか、そのことを私は、後年「ショスタコービッチの証言」(中央公論社・1980年)という本を読んで知った。この本には、真贋論争があり、現在は偽書としての扱いが有力だが、この本でショスタコービッチが語ったという自分の音楽に対する発言は、私には説得力があった。
 オラトリオ「森の歌」では注意深く隠されていた悲しみは、交響曲第13番「バビ・ヤール」、第14番「死者の歌」では、明確なメッセージとなって届けられる。私たちが今生きているこの時代、障害者の権利擁護という言葉を当たり前のように語ることができるこの時代は、独裁の時代、偉大なる指導者の元でピオネールが一斉に木を植える時代、その陰で人としての権利を奪われたままの大量死が実行された時代を越えてきた。本当の意味で越えてきたのかどうか、単に忘れてきただけではないのか。オラトリオ「森の歌」を聴きながら、そんなことを考えていた。
   

Posted by TAKA at 20:31Comments(0)TrackBack(0)音楽
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TAKA
コミックから評論、小説まで、本の体裁をしていれば何でも読む。読むことは喜びだ。3年前に手にした「美術館三昧」(藤森照信)や「個人美術館への旅」を手がかりに、最近は美術館巡りという楽しみが増えた。 大学卒業後、友人に誘われるままに始めた「要約筆記」との付き合いも30年を超えた。聴覚障害者のために、人の話を聞いて書き伝える、あるいは日本映画などに、聞こえない人のための日本語字幕を作る。そんな活動に、マッキントッシュを活用してきた。この美しいパソコンも、初代から数えて現在8代目。iMacの次はMAC mini+LEDディスプレイになった。       下出隆史
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