2007年11月08日

ムンクの光

 東京の国立西洋美術館でムンクの展覧会が開かれている(2008年1月6日まで)。しかもこの展覧会のテーマは「装飾画家としてのムンク」というきわめて珍しい切り口だという。ムンクは、二十代の前半の私には、ずいぶん気になる画家だった。手元にある何冊かの図録や画集を取り出して、作品のいくつかを瞥見する。若かった頃、この画家の何を自分は見てきたのだろうか。
 ムンクの絵に人物が描かれないことは少ない。代表作で、一人の人物も描かれていない作品といえば、「星月夜」くらいではないか。ムンクの作品における人物は、どこか輪郭が不確かで、浜辺での踊りも少しも楽しいダンスには感じられず、人は頭蓋骨を歪め、眼を幾重にもグルグルして、オーロラ輝くフィヨルドを背景にした橋の上に佇んでいる。
 印象派、例えばモネが、光がどのように私たちに感じられるかということを追求して、睡蓮の浮かぶ池の面や、カテドラルの輝きや、夕日の照り返しの中の麦わらを描いたのとは、もちろん全く異なる。モネにあっては、人物さえも、光を反射する風景の一部として扱われているという印象を受ける。同じ印象派でも、例えばセザンヌの水浴をする女性の姿は、確かに人物として描かれてはいるが、その皮膚に輝き、きらめく光がモチーフになっている。しかし、ムンクの裸婦は、まるで違う。光の輝きも照り返しも、そこにはない。
 もちろんそれはムンクが北欧の画家だということと関係があるだろう。緯度の高い北欧の国々では、太陽や月が天高く輝くことはない。水面近くにとどまり、水面に光の柱として描かれた太陽や月の光は弱々しく、南仏のそれとはおそらく全く違う光を、ムンクのキャンパスに投げかけていたに違いない。それにしても、ムンクはなぜこんな人物を繰り返し描いたのだろうか。ムンクには、人物がそう見えたから、としか言いようがないだろうと私は思う。ムンクには、人間が病の苦しみや別離の悲哀、人を愛することの不条理や嫉妬の心、そういうものによって歪み、時にはバラバラにされた存在として見えたのだ。悲しみにくれる人物には、茶の隈取りが見え、生きる不条理にとらわれた人の頭蓋骨は本当に歪んで見えたのだ。生命のダンスを踊る人々は、南国の情熱的なダンスを踊るのではない。白夜の光の中で、それでもなお灯し続ける危うい命を愛おしむように踊る。高緯度であるが故に水平線近くにとどまる弱々しい太陽や月の光の中で、命は爆発的な力によってではなく、互いの輪郭を失うことでつながる人と人の輪の中に保たれている。ムンクはそれを見て、それを描いた。

 二十代の私は、十代の自分が味わった人間関係の歪みやもつれから少し自由になっていたが、その歪みやもつれを、ムンクの人物の上に感じていたような気がする。生きることは必ずしも歓びではない、としても、私たちは生き続ける。そのとき、世界はどう見えるのか。あれから更に二十年以上の年月が過ぎた。生きることそれ自体が、歓びであることを、今の私は感じるが、それでもムンクはまだ親しい画家として、私には感じられる。


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TAKA
コミックから評論、小説まで、本の体裁をしていれば何でも読む。読むことは喜びだ。3年前に手にした「美術館三昧」(藤森照信)や「個人美術館への旅」を手がかりに、最近は美術館巡りという楽しみが増えた。 大学卒業後、友人に誘われるままに始めた「要約筆記」との付き合いも30年を超えた。聴覚障害者のために、人の話を聞いて書き伝える、あるいは日本映画などに、聞こえない人のための日本語字幕を作る。そんな活動に、マッキントッシュを活用してきた。この美しいパソコンも、初代から数えて現在8代目。iMacの次はMAC mini+LEDディスプレイになった。       下出隆史
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